黒い聖母 
修復を終え、2008年4月4日安置されました。


 

黒い聖母は明治36年(1903年)献堂記念として、フランス・ノルマンディー州のデリブランド修道院から寄贈された。この像はデリブランド教会にある黒い聖母像の完全な複製としてフランスで作られた木の芯に石膏を被せたものである。昭和52年(1977年)にフランス国立学術研究所ドベルク美那子女子によって黒い聖母と鑑定された。日本では他に例を見ない聖母像である。
初代主任司祭ダリベル神父の手紙には「聖母マリアのご像は私の国ノルマンディーから来ました。ノートルダム・デ・ラ・デリブランド或はノートルダム・ラボラトリエといい、日本語で御助けの聖母であります。よく御助けを願うとき、きっとかなえられます。私はこのマリア様のところに幾度も行きました。日本に来る前にそのご像の前でミサをあげてノルマンディーを出ました」と述べられている。鶴岡教会に不思議な縁のある像である。

なぜマリア像の顔が黒いのかはいくつかの説があるが、旧約聖書のソロモン雅歌には次のようにある。聖ルカによる原肖像画のマリアの顔が熟した小麦のように栗色であったという。

イスラエルの娘たちよ
私はケダルの天幕のように
サルマハの幕屋のように
黒いけれども美しい
私の焦げた色に目をとめるな
私は陽にやけた

修復後の
『黒い聖母』
 

幼子イエスの冠の
十字架が復元された。